クロニクルに近い、時間旅行的な作業。 2012.2.17.09:23
実家にはたくさんの靴の空き箱がある。大半はClarksやCAMPERが入っていた箱で、それらはいまメールBOXとして部屋の隅で堆く積まれている。
時折、その中に入っている物を整理してみる。といっても、処分するつもりではなくて、中身を再確認したいだけ。一種の思い出す作業だ。
中に入っている物は本当に様々。冒頭で「メールBOX」と名付けたけども、そうではなくて「なんでもBOX」と呼んだ方がしっくりくる。
書き出してみる。
・年賀状
・ファンレター
・バースデイカード
・お笑い研究所時代のフライヤー
・学生証
・役目を終えた手帳
・映画やライヴの半券
・バンドのセットリスト
・女子からの手紙
・カードダス(エヴァ、オリックスのイチロー、ガンダム)
・ビックリマン2000
・証明写真の余り
・家族からの置き手紙
・お年玉袋
ざっと挙げてもこれくらいある。他人からみたら、不必要な紙っ切ればかりだと思う。でもやっぱり捨てられない。僕は元来、女々しい部分があるのだ。
その時々の楽しい思い出のいろいろを広げて、繋ぎ合わせて、見返しては、記憶のパズルを埋めていく。それはなかなか楽しい作業で、時間も忘れて没頭できる。もはや悦に入るためにBOXをひっくり返しているともいえる。
入っている物の中でも、特に人の手が書いた手紙はどうしても捨てられない。そこには多かれ少なかれ書き手の「想い」が残っているから。当たり前だけど、それらは全て僕へ向いていて、その事実だけで嬉しい。
今となっては、書いた当の本人達は全力で破棄を求めてくると思うけど、ごめんなさい、捨てません。無理です。
それらを忘れた頃に思い出して読み返すと、なんともいえない気持ちで息が詰まって胸が重くなる。甘酸っぱいものもあれば、死にたくなるものもある。菓子折りを持って謝りに今すぐ行きたくなるものもあれば、つまらな過ぎて笑えるものもある。でもどれも、僕が忘れたくない物ばかりで溢れてる。
正直、よく耳にする「周りの人に活かされて(或いは生かされて)、いまの自分がいる」というものは実感として、イマイチよく分からなくて、共感できないのだけど、人の人生に関わらせてもらっているという感謝は心の底から沸き上ってくる。
普段自由に、概ね無責任に生きている僕にはこの作業が定期的に必要なことのひとつです。
