第三章 「日本と英国の都会」

Dubble Decker
 最近の東京を見ていると僕は漠然とした不安に駆られてしまいます。というのも、すべてが近未来的なビルといささか先鋭的過ぎるオブジェの林立で目が眩み、一体この国はどこを目指しているのか訳が分からなくなるからです。

 日本の建築様式は、なにも欧米の真似をしなくとも世界に誇れる美しさを持っているし、日本的な侘び寂びといった趣きも十分に兼ね備えているではないか!と思うわけです。ハッキリ言いましょう。なんでお台場に自由の女神が居るの?しかも、あれがなんでフランスからの贈り物なわけ?なんで六本木ヒルズは目指すお店が探しづらいくらいに入り組んでいるの?なにあれ、立体迷路かなにか?汐留にいる、あの気色の悪い水玉の怪物はなに?赤坂サカスってなに?声に出して読みたい日本語には成り得ていないけど?...キリがない。やはり東京の都市開発と区画整理はどこかおかしい。

 局地的に見栄えを良くする前に、ごちゃごちゃした電線や電話のケーブル、景観を著しく損なわせている看板の数々を取っ払うべきだと思います。もしかしたら、先進国と呼ばれる国々の中で最も日本が都市開発という面で無計画に激走しているもかもしれません。機能や利便でいえばテクノロジーの国だけあって、諸外国をリードしているかもしれませんが、東京の街を美しく保とうという意識がとても低い気がします。一晩中ネオンがギラギラ灯っているのは日本かラスベガスだけではないか?そう思ってしまうほどです。いや、アジア全体がそうかな。

 それに比べ、ロンドンはまだマシです。電線などはよほどの田舎にでも行かないとそうそうお目に掛かることはできないものであるし、一番の繁華街であるソーホーであっても一晩中ネオンが灯っていることはありません。イギリスでは遅くとも午後九時には大抵の店が閉まります。開いているのは、それこそパブか観光客目当ての大型スーパーくらいです。

 それと、やはり違うのは建築物の高さと、一貫性です。東京のようにまるで競い合うかのような超高層ビルが林立しているようなことはなく、あったとしてもシティーと呼ばれる日本でいう永田町のようなオフィス街だけ。イギリスでは景観を保持するためにビルの高さを規制する建築法まであるのです。まず国が示し、国民がそれに倣う。きちんとした意識が根付いている。

 それだけにイギリスの建築様式やその他の建物は一貫していてとても綺麗です。確かにどれもこれも似ている建物ではあるから、目的地までしばしば迷うことがあるかもしれませんが、気にすることでもありません。

 住宅に関してもいえることで、日本の家々はどれも思い思いのデザインと色でまったく忙しい。外壁は欧米風なのに、屋根は瓦仕立てになっている家なんて、まったくもって意味が分からない。またその家がピンクやイエローだったりする。そういう美意識のかけらもないものが多過ぎます。ヒースローから成田に帰ってくる時に窓から見えた日本の住宅街にどれほどガッカリしたことか、とても筆舌に尽くし難いものがありました。

 イギリスの住宅はどれも趣きがあり、歴史のあるものが多く、日本の築三〜四十年が限界の(最近の)木造建築とは違い、レンガなどの石材建築だから少なくとも百年は保ちます。それ故に、時間と共に趣きは増し、歴史は積み重なる。昔からの住宅がそのまま残っている理由は、日本のように建て替えのようなことはあまり頻繁にするものではなくて、引っ越すとしても住み替えるだけにとどまるからです。したがって、ひとつの住宅百年の間に何世帯もの家族が入れ替わり立ち変わり住むことがありえるということ。この感覚は新しいもの好き・中古嫌いの僕ら日本人には到底理解できないものかもしれません。

 今からでも遅くはありません!これから新しく区画整理を行い市街化するような場所があれば、緑の多い整然とした趣きのある街づくりを心掛けて欲しい。日本的な瓦屋根でもちろん結構!京都のような諸外国に自慢できるような素敵な街づくりを行政は行って欲しい。でもそれにはまず、僕らのような若い世代で未来の日本の景観を想像して、出来ることから少しずつ行動してみることから始まると思います。

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