第六章 「女心と英国の空」

St.James Park
 昔からイギリスは「灰色の街」(または霧の街)と形容されてきました。もっともそれは急激な産業革命時代に大量に使用された石炭のために言われていたことです。その頃のイギリスの空はスモッグ(フォグとスモークの造語)で日中であってもかなりの暗さであったと、当時ロンドン大学へ語学留学に来ていた夏目漱石も手記に記しています。

 今となってはその空はお目に掛かることは出来ませんが、容易に想像はできます。濃い霧に包まれ、薄暗いレンガの建物、燻るガス灯。完全に名探偵ホームズや切り裂きジャックの世界です。彼の犯罪も当時の環境なくしては成立しなかったでしょうし、ホームズにしてももっとスマートに様々な事件を解決できたことと思います。ホームズに関していえば、物語の中のお話ですけど。

 現在のイギリスの空は、煙突こそ機能しなくなりましたが、以前と変わらず「灰色の街」であることには変わりありません。スモッグは昔よりも人体に危害が加わるものとなってロンドン市内に充満していますし、濃い霧や小雨は名物かのようにイギリス全土に降り注いでいます。

 イギリスは本当に雨がよく降る国です。晴れていたと思いきや、次の瞬間には俄に空は曇り、雨が降ってきます。イギリスの変わりやすい天候をさして、イギリス人は「一日の中に四季がある」と言うほどです。でも日本とは違い、集中的に雨が降る雨期にあたるような季節はなく、一年を通して平均的な量の雨が降ります。そしてそれが日常であるから、たまに降る大雨じゃない限り、傘は差しません。つまり、イギリス人は顔色ひとつ変えずに小雨の中を颯爽と歩いて行くわけです。顔がびしょ濡れになろうともおかまいなしです。少し大袈裟な喩えではありますが。

 僕が滞在していたときも何度か小雨が降ることがありましたが、イギリス人に倣って傘を差さずに歩いてみました。いわずもがな、小一時間も堪えられませんでした。

 小雨というのがなんにせよ良くない。傘を差さずとも歩けることは歩けるのですが、肌にまとわり付くようで癪に触るわけです。もともと気長な方でない僕は堪えられなくなり、ついつい折り畳み傘を開いてしまう。その度にイギリス人は「え?これで差す?」と言いたげな視線を僕に向け、そしてそれは的確に僕を突き刺しました。(完全な被害妄想!)

 もうそうなると、開き直る顔しか出来ない僕は「俺は日本人だ!日本じゃ小雨でも傘を差すんじゃ!文句あっか」と心の中で叫び、逆の心理でロンドンの街中を颯爽と歩いていました。(ただの負けず嫌い)。

 話は逸れましたが、それほど雨がよく降る国であるから春には新緑が生い茂り、緑豊かな公園を形成し、美しい花々がバックヤードガーデンを彩ります。やはりイギリスには雨や霧が必要不可欠な要素だと僕は思います。「灰色=霧の街、ロンドン」こそがロンドンであり、イギリスなのです。
 僕が渡英したのは冬、次に行く時は春がいいものです。湖水地方などにも足を伸ばし、いわゆるエヴァーグリーンと呼ばれる壮大な景色をこの目に焼き付けたい!

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